現代美術家 ダミアン・ハースト 描く「闇」の先にあるもの

突然ですが、アートは皆さんをどんな気持ちにさせてくれますか?「わくわく」であったり、「癒し」であったり。アートの存在意義は人それぞれですよね。当然「難しくてよくわからない」「興味がない」という方もいるでしょう。

イギリス出身で、現代美術家の巨匠として知られるダミアン・ハースト氏(以下敬称略)の「アート」は、みるものを思慮の底へと導きます。そもそも、アートとは何か。そんな問いを突き付けてきます。というのも、ダミアン・ハーストの作品は薬の瓶が並べられた「棚」であったり、規則正しく並んだ「水玉模様」であったり。「『アート』って一体なんだ?」。戸惑いの声が聞こえてきそうです。

そんなダミアン・ハーストの作品テーマの多くは、「死」。ユーモアと闇がみる者の心を捉えて離しません。さらに、今年4月から12月まで開催している個展 Treasures from Wreck of the Unbelievable(詳細は後述)では壮大な「ウソ」を展示し話題を呼んでいるとか。一体どんなアーティストなのでしょうか。

 

現代美術家 ダミアン・ハーストの歩み

ダミアン・ハーストは1965年生まれ、イギリス西部の都市・ブリストル出身の現代美術家です。労働者階級の家庭に生まれた彼は、10代の初期にパンクにのめり込みます。2012年のthe Guardianのインタビューによれば、12歳か13歳のころ彼が持っていたセックス・ピストルズ(イギリスのパンク・ロックバンド)のレコードを、なんと母親が溶かして”鉢植えの支え”に作り替えてしまい、それが原因でこっそり家出をしたこともあるそう。その時でさえ、カバンの中には”パンクな服”を詰め、家が見えなくなったところでその服に着替えたとか。ダミアン・ハーストはは当時のことを同インタビューで振り返ります。

「どういうわけか、そういう態度(秘密裏に何かをすること)は自分のアートに無意識的に入り込んでいる。アートの世界に何かをこっそり持ち込んで、そいつをみんなの前で爆発させる方法をいつも探してたからね。まさにスパイですよ。」(原文より和訳・以下の引用同様)

(10代のダミアン・ハースト)

同じく10代のころ、万引きを繰り返した時期もあったダミアン・ハースト。なんと2度の逮捕経験もあります。しかしそれらを経てアートのファウンデーションコース(イギリスで大学へ行くために必要とされるコース)に合格し、アーティストの道の入り口に立ちます。

その後、リーズ大学の解剖学博物館に通いつめて絵を勉強し始めたダミアン・ハーストは、まさにそこで彼の急進的なスタイルのきっかけとなるアイディアを得ます。後の1991年にWith Dead Headとして展示される1枚の写真には、同博物館の霊安台におかれた中年男性の頭部の隣で、楽しそうに笑う16歳のダミアン・ハーストが映っています。キャリアを通して「死」を頻繁に題材とし、時に不気味なほど客観的な視点でそれを描くダミアン・ハーストのスタイルの原点といえます。

With Dead Head

その後、首都ロンドンのゴールドスミス大学に進学したダミアン・ハーストは「現代アートにおいて、絵の技術どうこうは終わっており、一番大事なのはアイディアである」と気付きます。当時の1980年代のイギリスのアート界には新しい風が吹き始めた時期でもありました。

ロンドンに来た当初は、このような概念的な作品に批判的だったものの、当初から「惹かれていた」と明かすダミアン・ハーストはこの新しい潮流の求心力となっていきます。同大学に在学中、急進的な若いアーティスト集団YBAS(Young British Artists)として展覧会Freezeを開き、ロンドン中の注目を集めます。こうしてダミアン・ハーストは、当時のイギリスの新しいアートを先導する存在となっていくのです。

Freezeでも展示された「the spot painting」シリーズのひとつ)

在学中からその才能を開花させ、華々しいキャリアのスタートを切ったダミアン・ハースト。現在では、イギリスはもちろん、世界でも著名な現代美術館のひとりとされています。続いて彼の代表作を紹介していきます。

(参考・引用:Damien Hirst: ‘I still believe art is more powerful than money’

ダミアン・ハーストの作品紹介

ダミアン・ハーストの作品① For the Love of God (2007)

18世紀の本物の頭蓋骨を型にプラチナでフレームを制作し、8601個のダイヤモンドを敷き詰めたというこの作品。その価値なんと5000万ポンド(約120億円)相当(参考・以下引用:TATE作品紹介&インタビュー)。想像通りといえば想像通りですね。作品のフレームのほとんどはプラチナ製ですが、歯は実際の頭蓋骨のものを使用しています。

「死」を頻繁にテーマとするダミアン・ハーストがダイアモンドを材料として選んだ理由は「『死』に最大限抵抗しうるものだと感じたから」。

一体どんな作品となるのか、全く想像がつかなかったというダミアン・ハースト。実際に完成したのは、「静けさと卓越した雰囲気を漂わせる、吸い込まれそうなほど魅力的」な作品でした。

「頭蓋骨というネガティブなイメージの題材が、こんなにも楽観的に表現されていることが驚きでした。暗い作品になると持っていましたが、結果は全く違ったのです。また別の完璧さを持っていました。完成したときは、思わず声をあげるほどでしたから」。

TATE作品紹介&インタビュー 【英語】

 

ダミアン・ハーストの作品② The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living (1991)

およそ縦5.4m、横1.8m、高さ2.1mあるこの作品。本物のサメをガラスケースの中のホルムアルデヒドに浸しています。彼の代表的なシリーズNatural Historyのひとつであるこの作品の重さは23トン。写真からでは想像しきれないスケールの大きさです。

「軽いガラスケースや、サメの絵はいりませんでした。目的は、観る人を彼らの世界から連れ出し、ギャラリーの世界の中に連れ込むことでしたから。そのおかげで、”恐ろしいくらいにリアル”なサメだったでしょう。」そう語るダミアン・ハースト。今回の作品テーマも「死」です。

「【死】を試そうとしたり、避けたりしようとしても、それはあまりに重大で、できっこないですよね。それこそが一番恐ろしいことなのです。」

また、作品のヴィジュアルと同じくらいインパクトがあるのが、その作品名です。和訳すると『生きている誰かの心の中にある、死の物理的不可能性』。ダミアン・ハーストによれば、「死という概念を自身に説明するときに使用していた表現」だそうですが、なかなか難しいですよね…。最初にこの「表現」を使用したのは、学生時代に執筆した論文だったというから驚きです。

(参考・引用:ダミアン・ハースト 公式HP

ダミアン・ハーストはNatural Historyシリーズの中で、他にも似た作品を多数制作しています。下の作品の題名は、ずばり『こっちの子豚ちゃんは市場に行って、こっちの子豚ちゃんは家でお留守番』。ダミアン・ハースト・ワールドにそろそろ慣れてきましたでしょうか…?

ダミアン・ハーストの作品③ This Little Piggy Went to Market, This Little Piggy Stayed at Home (1996)

 

ダミアン・ハーストの作品④ Sinner (1988) 

Natural Historyシリーズと並んで有名なMedicine Cabinetシリーズの最初の作品。その名の通り、薬や薬品の並んだ棚がモチーフのシリーズです。この作品Sinnerは彼が大学2年生の時に制作しました。ちなみに作品名は、当時流行ったバンド・The Clushの’The Sound of Sinners’という曲の名前からとったそう。

この作品はダミアン・ハーストの祖母と深い関係があります。というのも、棚に並べられているのは肺癌で亡くなった祖母が彼に残した薬箱なのです。父の愛をほとんど知らずして育ったダミアン・ハーストにとって、彼女は非常に大きな存在でした。

「彼女は、もし幽霊が存在するのなら、(亡くなってから)戻ってきて俺を捕まえるって約束したんですよ。だから信じていたけど、もちろん彼女が肺癌で死んだ後にそんなことは起こらなかった。でも最近はね、もしかしたら祖母は戻ってきてるのかもしれない、と思うようになったんです。それがただ俺のわからない方法なだけかもしれないってね」。

(参考・引用:ダミアン・ハースト公式HP

 

次ページ:もう手遅れ?火をつけた瞬間に導かれる「奈落の底」

 

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